株式会社資生堂。設立は1872年、化粧品の国内シェアは第1位と、言わずと知れた大企業だ。「美」という観点から、人々のしあわせを追い求め、さまざまな製品開発を行なっている。大きな組織としての歩みが強い印象も受けるが、そんな彼らの社内には、“共創”や“オープンイノベーション”をキーワードとした小さなオープンラボ「fibona(フィボナ)」と呼ばれるものが存在しているらしい。
どうやらそれは、社内の有志メンバーによって生まれたラボで、本業を持つメンバーがそれぞれ集い、個人の関心や課題感を実験する場として活用されているようだ。ここで立ち上げるプロジェクトに参画するのはいつも1〜3人と少人数。大きな組織の中にある、小さな実験フィールド。それが、fibonaだ。
彼らの取り組みへと迫る足がかりとなるのが、fibonaも名を連ねる、とあるクラウドファンディングプロジェクト。「蘇湯(そゆ)」と呼ばれる、未利用の原草素材を活用した“入浴用のボタニカル”を通じた地域再生を願った取り組みだ。2023年に実施されたこのプロジェクトは、開始から約1ヶ月半で300万円以上の支援を集めることに成功した。
このプロジェクト、紐解いてみるとすごく興味深い座組みによって執り行われている。
私たちは、米原市伊吹薬草の里文化センター、松田医薬品株式会社、株式会社資生堂 グローバルイノベーションセンター fibonaチーム、資生堂クリエイティブ株式会社をはじめとする複数の企業や団体、有志から構成された協働プロジェクトです。
(プロジェクトページより引用)
4社による協働プロジェクトであり、各社の所在地も滋賀県(米原市伊吹薬草の里文化センター)、高知県(松田医薬品)、神奈川県(資生堂 グローバルイノベーションセンター)など、全国に散っている。組織の規模も異なれば、事業内容も、関わる人々の価値観も、共通点を探すほうが難しいくらいだ。
けれども、このプロジェクトに異種格闘技戦のような印象はまったくなく、むしろ数社が集っているとは思えないくらいに、一体感のある取り組みのように映っていた。そんな夢のような協働は、いったい誰が、どんなふうに舵を取って成り立っているのか。その真髄へと迫りたい。
「オープンイノベーション」という言葉が世の中で語られ、もはや理想視されている今、彼らはこの取り組みをどのように形にしているのか。そんなことを尋ねるため、fibonaが活動拠点としている、株式会社資生堂 グローバルイノベーションセンターを訪れた。
お話を伺ったのは、「蘇湯」プロジェクト発起人のひとりである資生堂 ブランド価値開発研究所・根岸茜子さん、fibonaの設立から在籍し本プロジェクトにも携わる資生堂 みらい開発研究所・牧野佑亮さん、そして、クリエイティブディレクターとして外部からfibonaのプロジェクト推進を担う株式会社REDD代表・望月重太朗さんの3名。
とある冬の日、大きな窓から春の知らせを感じさせるような柔らかい光が差し込む会議室で、たおやかに話す人たちがそこには集っていた。
望月 重太郎
(もちづきじゅうたろう)
株式会社REDD
博報堂アイ・スタジオを経て、2019年にデザイン、教育、R&Dをテーマとした 株式会社REDDを設立。サービス/プロダクト開発、新規事業開発、デザイン戦略開発、クリエイティブ教育プログラムの開発などに従事。東京都練馬区内の農家と福祉事業所の連携による「翠茎茶」の開発や「みんなのおべんと。プロジェクト」など、ローカルをテーマとしたデザイン活動にも携わる。
牧野 佑亮
(まきのゆうすけ)
資生堂
グローバルイノベーションセンター
資生堂グローバルイノベーションセンター所属。スキンケア・洗顔等の商品開発を経て現在は基礎研究部門において、心理学を用いた人の感性にまつわる研究に従事している。また、研究の傍らオープンイノベーションプロジェクトfibonaに参画し、大企業やスタートアップとの連携などを担当。その一つである蘇湯プロジェクトにおいて資生堂fibonaメンバーとして携わっている。
根岸 茜子
(ねぎしあかね)
資生堂
主にスキンケア、メイク製品の使用性、美容法、官能評価を担当しているグループのマネージャー。他に美容行動の調査などコンシューマーセントリックな美容研究から、エステティックに基づいた美容技術の研究開発。
「化粧品」という出口がないと作れない。そんなジレンマを解消したかった
fibonaは、企業や組織間のイノベーションを生み出すために資生堂内に誕生したオープンラボだ。各メンバーが本業を持つ傍ら、有志として集まり、実験的な取り組みをいくつも立ち上げている。ここには、社内の多種多様なスキルや経験を持つ人材がいるのはもちろんのこと、社外の人材も積極的に関わっているという。
人々が集い、企画が生まれ、形になって社会に放たれていく。
そのさまざまなプロジェクトのハブとなり、潤滑剤となり、翻訳者として機能するのがfibonaなのだとしたら、いったい携わる彼らは、日々なにを考え、共創そのものを捉えているのだろうか。
まずは、「蘇湯」プロジェクトのクラウドファンディング目標達成、おめでとうございます。今回の取り組みに限らず、fibonaはオープンラボという立ち位置で、さまざまなステークホルダーとつながりながらプロジェクトを推進していると伺いました。そもそも、fibonaというのは、どういった背景のもと生まれたのでしょうか?
もともと企業としての歴史も古く、研究開発組織も存在していると思います。オープンラボという形態をとって改めて運営することになったのには、なにか別の意図があったのでしょうか。
プロダクトやブランドのための研究開発から逸脱したかった。その一言に尽きます。
プロダクトやブランドのための研究開発。
株式会社資生堂は、どこまでいっても化粧品の製造と販売を担っている会社です。そのため、社内で行なっている研究開発のゴールは、いずれの場合も必ず「製品化」でした。もっというと、採算性の合う製品化です。
営利企業ですから、製品として生活者のもとに届き、それがきちんとした売上になること。そういう前提にたったうえで、研究員自身も研究開発に取り組んでいました。
でも、美容業界に生まれる課題感を解消するための手法は、必ずしも「採算の合う製品化」ではないかもしれない。もっというと、社内の人間では気付けない製品化のニーズがあったり、研究員すら気づいていない研究結果が未知のソリューションにつながるかもしれない。その可能性を、模索する場所として、fibonaの存在があります。
可視化されているニーズを解消するための製品開発に向けた研究だけではなく、未知の可能性を探るための共創空間、ということですね。
だから、fibonaには4つの指針があります。
たとえば「Speedy trial」で掲げているような、β版としての製品開発はfibonaだからこその取り組みだと思います。今回のお話のきっかけにもなった「蘇湯」は、初期開発の段階で300個の生産を行なっています。
普通に考えると、大企業が開発する製品で300個だなんて、少なすぎて受理されるわけがありません。けれども、fibonaはそういうプロトタイプをつくる場だからできる。そういった、価値があるのに挑戦できていなかった領域に対して、積極的にアプローチをしながら共創するのがfibonaの役割です。
大企業として培ってきた研究の成果があり、それらを活用したいと願う人がいる。けれども、大企業だから利益を考えなくてはならなくて、安易に動けないときがある。そういうジレンマの解消の受け皿が、fibonaなのかもしれないですね。
fibonaには現在15人ほどの有志メンバーが集っています。みんな、解決したい社会課題があったり、興味関心の強い分野がある人ばかり。僕自身も、環境に配慮した製品づくりに携わりたいという思いで、fibonaに参加しています。
僕たちは、それぞれ基礎研究、プロダクト開発、戦略立案などの社内業務に従事しながら、fibonaにも携わっています。一人ひとりの適性や意思を尊重しながら、プロジェクトを立ち上げ、一つひとつを推進しているという段階。業務時間内にfibonaでの活動を充てることはもちろん可能ですが、全員が能動的に関わっているからか、仕事という枠を超えた「部活動」のような感覚で参画しています。
「“fibona”なら、どうにかできるかもよ?」
インタビューをはじめて最初の問いを投げかけたとき、すごく不思議な感覚をおぼえた。話の起点は、GICやfibonaの成り立ちだったのに、その話し手が、唯一の社外パートナーである望月さんだったからだ。
ふつう、こういう話をとりまとめるのは社内の人だと思っていた。けれど、彼らにとってはそれすら当たり前じゃない。fibonaという共創空間の在り方を、そういうスタンスから垣間見たような気がした。それは「社内の人が受動的」だという話ではなく、社内だとか社外だとか、そういう線引きを大した問題としていない、ということなのだと思う。
「僕が先陣をきって話してしまいましたが、よかったですか?」と、苦笑いする望月さんの横で、牧野さんと根岸さんが「もちろん」と柔らかく笑う。彼らは、そうやって人間関係を築きながら歩んでいるのだろうと思った。
fibonaに関わる人たちは、自分自身の立ち位置を俯瞰して見つめながら活動している。「蘇湯」の話題を持ちかけたとき、根岸さんが、まるで「自分の番だ」と言うかのように背筋をしゃんと伸ばす。そういう様子が、彼らのただならぬ信頼関係を表しているようだった。
「蘇湯」のプロジェクトについてもお話を伺いたいです。サステナビリティを意識した取り組み、かつ、共創プロジェクトとしても大きな成功を収めるものとなりましたが、これも誰かの強い思いや課題感があったからこそ発案されたものだったのでしょうか?
「蘇湯」プロジェクトは、fibonaとしても少し特殊なはじまり方をしている取り組みです。というのも、fibona内で生まれたものではなく、fibonaの外で生まれた話が形になったものでした。
fibonaへの持ち込み企画、ということですか。
そう捉えていただけると。主な発案者は二人で、わたしと、弊社の開発推進センター・ブランド価値開発研究所で働く高草木という女性。彼女は植物の専門家として化粧品の原料となる植物エキスの開発に携わる研究員です。
化粧品に使用する原料には、さまざまな課題があります。たとえば、使用できずに余ってしまう素材があったり、害獣問題や気候変動の影響で原料採取している山の存続が危ぶまれていたり。そういった課題に対して、誰よりも思い悩み、解決策を模索しているのが高草木でした。
一方、わたしは、彼女と同様に開発推進センターでグループマネージャーとして働いています。高草木は研究員として開発に携わっていますが、わたしの業務はもう少し俯瞰的な視点で、化粧品の活用方法や市場の分析を行うこと。
その一環で「サステナビリティを感じられる製品開発」をテーマとした分析を進めていたとき、高草木と同様に、絶滅してしまう可能性のある植物を存続できるよう育てたり、その価値を製品を通して届けることができないだろうかと課題感を抱くようになりました。そこで高草木と話してみたところ、共感するところも多く、すぐに意気投合。社内に同じような思いを持つ仲間ができたので、課題解決に向けた取り組みを始めていきました。
共通の課題が人と人とをつないだのですね。
それからは、高草木が中心となって害獣対策について検討したり、薬草農家さんに社内で講演していただく機会をつくったりと地道に進めていました。2018年には、薬草の宝庫として知られる伊吹山に薬草園をつくったので、以後もさまざまな原料栽培に挑戦したり、それらを活用した化粧品を構想したり。そういった取り組みを進めていくなかで、大きな課題だったのが「プロジェクトゴールをどこに、どう設けるのか」でした。
プロジェクトゴールというと?
簡潔にいうと、どういったプロダクトで課題解決を行うのかです。資生堂として取り組むからには、製品化を以て、私たちの目指すサステナビリティを実現しなければなりません。けれども、それがとても難しかった。
売れなければならないから、ですか。
会社として実装するからには、プロトタイプ的な考え方で製品化することはできない。悶々と考えているときに、ふと頭をよぎったのがfibonaの存在でした。「“fibona”でなら、どうにかできるかも?」って。
思い立って、すぐさまfibonaのプロジェクトリーダーである中西に電話をしたところ、「いいじゃん」と同意してくれて、スルスルと話が進んで。中西も私たちの考えていることに共感してくれたので、アイデアを出してくれたり、「望月さんにも話してみるよ」と言ってくれたんです。
中西さんから、ある日、突然矢文が飛んできたんです(笑)。「望月さん、薬草に興味ありますか?」って。僕、廃棄されてしまうアスパラガスを使用した「翠茎茶(すいけいちゃ)」というお茶を自分でつくっているので、そういったトピックには関心があるんです。
だから「もちろんです」と、お返事をしました。ただ、ご連絡をいただいた当時は、プロダクトの形なんてまったくなくて、まだまだ構想段階。植物や山などの自然を取り巻く状況という事実、それをなんとかしたいという思い、その知見を持っており手段を講じることができる人、そして、fibonaという環境がある。そういう状況でした。
そこから「蘇湯」の製品化まではどのように?
初期構想として、まずは10ページくらいのスケッチでプロジェクトのイメージを描きました。中西さんもアイデアを考えてくれていましたし、僕の頭のなかにも「蘇湯」の素案が生まれていたので、その考えを具体化して。その後、僕たちの思いを形にできる人を探したところ、以前からご縁のあった松田医薬品さんがご一緒にしてくれることになりました。
資生堂では2018年から伊吹山に薬草園をつくり、循環型の原料開発を行なっています。その際、お世話になっていたのが、今回のプロジェクトでもご一緒している米原市伊吹薬草の里文化センターのみなさまです。
加えて、資生堂クリエイティブのメンバーにも声をかけて、「蘇湯」プロジェクトとして走り出すことになりました。“たまたま”の縁が、プロジェクトを後押ししてくれるものになったように思います。
それぞれの会社、組織とのつながりはもともと生まれていたものですが、4社が集ってものづくりを行うのははじめてですよね。セッションするうえでの難しさもあったのではと思うのですが。
う〜ん、あまり躓いた記憶がなく、とにかく相性がよかったというか。特に、製品開発で密にご相談をしていた松田医薬品さんとは、製品化に向けた対話をしっかり重ねてきましたが、ずっと同じ温度感を共有できているような感覚がありました。
たとえば今回、彼らにとっては、取り扱ったことのない自然素材を使用するシーンがありました。ただ、そういった難題が生まれても、「どうしたらうまく製品化できるのか、頑張って試してみよう!」と前向きに捉えてくれる。素朴な好奇心を忘れずに、けれどもプロフェッショナルとして向き合ってくれたから、安心しておまかせできました。
「等しく強い」熱量を、どう共有していくのか?
話を進めていくなかで「ああ、これはすごくラッキーなプロジェクトなのかもしれない」といった思いが、ふと脳裏をかすめた。
どこか別の場所で、同じような取り組みがあっても、うまくいかないケースはきっとある。人間同士だからこそ生まれるハレーションがあったり、見ている未来が異なっていたり、そういう理由の一つひとつが、誰も望んでいないはずの破綻を呼び起こしてしまうからだ。
──「fibonaには、再現性なんてないのではないか?」
じゃあ、「たまたま温度感の合う大人たちが集まれたから」というだけの理由で、この「蘇湯」プロジェクトは成功しているのだろうか。こたえは、否だと思った。関わる人々の思いが強いからこそ意見が衝突することだってあるのだと考えれば、彼らも道を踏み間違える可能性はあったのかもしれない。
たまたまとか、ラッキーとか、そういう話だけではない。彼らなりの工夫や意思がきっとあったはずなのだ。その本音を知りたいと思った。
プロジェクトを推進しているとき、対話のオーガナイザーを引き受けたり、ぶつかりあう意見をまとめたりしていたのは望月さんですか?
そうです。望月さんって、場の空気を落ち着かせるような沸騰石のような役割を果たしてくれることもあるし、忍者のように人知れず手はずを整えてくれることもあるし、乳化剤として意見を交わるようにしてくれることもある。プロジェクトを進めるうえで、欠かせない存在です。
僕は、広告代理店の出身なので、人によって解釈の異なる事実をうまく翻訳して調和させる仕事を生業としてきたんです。その経験から、同じプロジェクトに携わっている人同士でも、対話方法や選ぶ言葉を変えながらコミュニケーションを取る必要があると学びました。そのボタンの掛け違いがあると、どれだけ素晴らしい取り組みだとしても、誰かの「気持ち悪さ」が残ってしまう。結果として、プロジェクトが破綻することにもなり得ます。
だから、一人ひとりの立場にあわせた、解釈と翻訳が必要。社内の人間ではなく、外部から関わっているからこそ、少し俯瞰的な視点で全体をみることができているのかもしれません。
望月さんは、関わり方がすごくうまいのだと思います。プロジェクトの開始時は、ある程度の道筋を描いてくれるけれど、少し進んだあたりでフッと存在感を薄くして潜みはじめる。実は、そのときに関係者のみなさんと会って話して関係値をつくっておいてくれているんですけれど、その様子は端からはあんまり見えない。その後、自走していた私たちが道に迷いはじめた頃を見計らって、また輪に戻ってきてくれる。そういうイメージです。
もちろん、助けを求めればいつだって嫌な顔ひとつせずサポートしてくれますけれどね。ただ、望月さんが常に社内にいてくれるというわけではないので、僕たちは自走できるように頑張ってみようと思える。そういう、教育的な役割さえ果たしてくれているのが、望月さんという存在です。
関わり合う人とのつながりを強固なものにしているのは、上手に立ち回れるオーガナイザーの存在なのですね。望月さんが、ご自身の動き方として意識しているのはどんなことですか?
とてもシンプルで、ちゃんと会って、話をすることです。というのも、「オープンイノベーション=人付き合い」だとすらいえるくらい、人との関係性がものをいう世界です。僕たちの仕事は、メールや電話だけで要件を伝えることができてしまうし、仕事を進めるだけなら、それが一番ラクかもしれません。
ただ、一緒に取り組みを行う人たちが守ろうとしている場のことを知らなければ、同じ思いを共有することってなかなかできません。米原市伊吹薬草の里文化センターに行って、一緒に伊吹山にのぼるとか、入浴剤の話をするために高知県を訪れるとか。そういう事実を少しずつ積み上げた先に、プロジェクトの活性化はあるのだと思います。
そもそも、今回のプロジェクトにおいては「いいものを創りたい」という熱量が、全員等しく強かった。だからこそ、その強さをお互いが共有できる状態をつくることが必要不可欠でした。そのためのお膳立て、場作り、そういったことを意識的に行なっていました。
決して欠かすことのできない大切な営みですが、同時に、とても属人的な印象も受けました。ノウハウを平易化したいわけではないけれど、組織で運営する以上は再現性もある程度必要。そのバランスを、望月さんはどう保っていますか?
属人的でいいんだと思います。うまくいっているプロジェクトを見ていると、やっぱり大黒柱のような人っているものだから。もちろん、バトンを受け継ぐための教育体制はあっていいと思うけれど、まず守るべきは個の強さでいいんじゃないでしょうか。経営層的には平易化できたほうが安心でしょうけれど、そういうチームはいずれ破綻してしまうのではと考えています。
fibonaの描く世界は「右脳に作用する」
fibonaの掲げるオープンイノベーションは、一過性ではない、持続可能な取り組みだ。だからてっきり、型をつくっていくべきなのだとばかり思っていた。けれど、その限りではないのかもしれない。そもそも、fibonaの存在そのものがまだ実験的な側面をはらんでいるし、調和を探りながら歩みを進めているのだから。
大切なのは、その歩みを止めないこと。進み続けること。
そうして培ってきた軌跡を通して、持続可能性すらも模索すること。
「オープンイノベーション」だなんていう華やいだ言葉の響きとは裏腹に、びっくりするくらい泥臭くて、淡々とした活動だ。呪文を唱えるだけでコトが進むような魔法の世界ではない。だから、続けた人は生き残るし、形にできると渦が生まれる。
fibonaは、そういう“うねり”を生み出すことのできる存在なのだ。それは、fibonaの外と中、それぞれの視点から見つめていた根岸さんの言葉によって、確信に変わっていく。
根岸さんは、「蘇湯」のプロジェクトを起点にfibonaと関わり合いを持っていますよね。接点を持ちはじめた前と後で、fibonaに対するイメージや見え方って変わっていますか?
「蘇湯」プロジェクトがはじまるまで、同じ会社のなかで生まれているオープンラボなのに、どういう活動をしているのか、具体的にはほとんど知りませんでした。クリエイティブやテクノロジーを使って、すごいことをしている人たちなのかなって。本丸の化粧品事業とは別の場所でプロジェクトを実施していて、その結果や学びを、本業にも還元している。そういうものだと思っていました。
けれど、実際に携わってみると、別の世界の話ではありませんでした。同じ美容業界のなかで、同じ課題を持っているのに、ただ新しい景色を見せてくれる存在だった。私たちの仕事を、直感的かつ右脳的なアプローチで形にしてくれる、すごく稀有な場でした。
例えば研究開発論文を「左脳的」と表現するならば、fibonaで実現しているアウトプットは、たしかに「右脳的」といえるかもしれませんね。
ずっと研究開発ばかりに携わっている身としては、いつだって求められるのは「5年後に製品化するための基盤づくり」「そのファクトとなる研究論文」です。それが重要であることはもちろん理解しているけれど、fibonaに関わるようになったことで、僕たち研究員の視点が一気に広がりました。ものづくりの可能性をさらに信じられるようになったのは、育ててきた種を、論文という手法以外で発芽させる術を知ったからです。
fibonaは、そういった価値観やカルチャーを多様に醸成していく実験場としての役割を果たしているのですね。このfibonaの在り方は、今後、また変化を遂げていくのでしょうか。
具体的にはわかりませんが、より広がったり、柔軟な場として機能してくれたらと思っています。僕、資生堂の元会長・福原義春氏が説いた「文化資本」という考え方が、今の世の中にとてもフィットしているなと思っているんです。短絡的に利益や経済性を追い求めるのではなく、カルチャーや価値観を育てて、守って、つないだ先にある経済性を重要視するという思想です。
「一社で勝つ」っていうのが、難しい世界になりました。目下にある課題や危機意識、それと未来への希望。そういったものを共有化しながら数社が連動することで、風通しのいい社会がつくれたらと願っています。その筆頭になるのがfibonaのような活動だと思うので、引き続き、熱量の共有と仕組みづくりを大切に、多くの方々と一緒に頑張っていきたいですね。
fibonaが所属する、株式会社資生堂のグローバルイノベーションセンター(以下、GIC)は、2019年春に都市型オープンラボとして誕生しました。それまでは横浜市日吉に拠点がありましたが、新たな研究開発拠点として、ここに移ってきたという背景があります。
コンセプトとして大切にしているのは「多様な知と人の融合」。生活者、社会、地域などとつながることで、ニーズや知恵の源流に触れ、新たな創造のきっかけづくりを行いたいと考えています。