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IT業界の先駆者とイノベーションが生まれる環境を考える(1/3)

コロナ禍を経て、デジタル化・IT化への対応が遅れていることで、「デジタル後進国」とも言われるようになった日本。スイスのビジネススクールIMDが発表した2021年版の「世界デジタル競争力ランキング」では64の国と地域の中で28位となりました。

そのような状況の中、日本でビジネスを展開する私たちには、どのような意識が必要なのでしょうか。イノベーションを起こすために、どのようなマインドが求められるのでしょうか。そこで今回は、日本IT業界の草分け的存在でもある木寺祥友さんにインタビューを実施。
全3回に分けて、日本のITビジネスの“これまで”を振り返りつつ、向かうべき“これから”の未来を考えていきます。


目 次

今や「デジタル後進国」?日本が世界に遅れを取った理由とは。
“バリューチェーン”ではなく“バリュー”を考えろ。アメリカから学ぶ、イノベーションの起こし方。
Web3はチャンスになる?これから日本に求められるマインドチェンジ。

木寺 祥友

(きでらよしとも)

横浜市生まれ。パソコン黎明期よりIT業界へ足を踏み入れ、日本初のJavaプロジェクトにかかわり日本人としてはじめてJavaをプログラムする。
携帯電話にJavaが搭載されることを機に株式会社エル・カミノ・リアルを設立。NTTドコモ504iシリーズのiアプリ(携帯Java)のプラットフォーム作りに携わる。ラスベガスにおいて米国最大の携帯電話コンファレンスCTIAで講演。スマートフォンJavaともいえるアンドロイドの開発にも関わる。
政府系のIT組織、社団法人オープンガバメント・コンソーシアム顧問。

今や「デジタル後進国」?日本が世界に遅れを取った理由とは。

まず、日本のIT業界の現状からお伺いできればと思います。公共分野、ビジネス分野で新たなイノベーションが生まれている他の先進国に比べて、日本はDX推進において遅れを取っていると言われています。そこにはどのような背景があるのでしょうか?

木寺さん

いくつか複雑な要因があると思います。
まず考えられるのは、CEOのバックボーン。実はアイデアレベルだと、日本とシリコンバレーってそんなにレベルが変わらないんですよ。では、何が違うのか。

もちろん、シリコンバレーにはたくさんのお金が集まってくるという側面もありますが、個人的には日本にはエンジニア出身のCEOが少ないということが言えると思います。
シリコンバレーの場合は、エンジニア自身がCEOを担うことも多いため、アイデアが生まれたら自分たちですぐに内製できますが、日本の場合は外注しないといけない。優秀なエンジニアを参画させるためには熾烈な人材獲得競争に勝つため高額な報酬を用意したり、交渉したりする必要があります。
その時点で、いざプロダクトをつくるときに大きなビハインドになってしまうんですよね。かといって、事業をつくろうという気概を持ったエンジニアもまだまだ少ない。

もともと日本は営業の意識が強い文化なので、技術を軸に事業をつくっていくという意識は他国と比べて低いのかなと思います。

なるほど。他にも日本がデジタル分野で遅れを取っている背景はあるのでしょうか?

木寺さん

あとは、大企業とスタートアップ企業、それぞれに課題もあるかもしれませんね。

大企業は、どうしてもすでにつくられているバリューチェーンを前提にビジネスを進めがちです。でも、新しい市場をつくりだすイノベーションは、既存のルールに縛られているとどうしても生まれにくい。
一方、スタートアップ企業やベンチャー企業は、本来既存のバリューチェーンをディスラプトするために生まれてきたはずなのに、いつの間にか大企業の権威を笠に着る思考に陥ってしまっている。

お互い、そのようなビジネス慣習上の障壁を飛び越えて、ユーザーに価値を届けるためのイノベーションを起こそうというマインドを持つことがまだまだ足りないように思いますね。

逆に日本独自の可能性があるとしたらどのようなことでしょうか?

木寺さん

日本の「おもてなし」が注目を集めたように、アナログのサービスレベルはものすごく高いと思いますね。むしろアナログがものすごく優れていたからデジタル化の必要性がなかったとも言えるでしょう。
だから、日本のアナログのサービスレベルをデジタルでも再現できればものすごく可能性はあると思いますよ。

“バリューチェーン”ではなく“バリュー”を考えろ。アメリカから学ぶ、イノベーションの起こし方。

では、実際にイノベーションが生まれている海外のビジネスの現場では、どのようなことが起こっているのでしょうか?

木寺さん

アメリカの場合は、既存の市場を丸ごと奪って新しい市場をつくり出そうというスタートアップ企業と、その脅威を迎え撃つために変革しようという大企業の構図があります。
前者はディスラプターと呼ばれ、そこに対抗するために大企業が取る戦略をDXと呼んでいるんです。元来、アメリカは大企業よりもスタートアップ企業を保護する国。新たな価値をどんどん創出するために新陳代謝を大切にしています。

だから、アメリカの大企業には「自分の市場を奪われるのではないか」という危機感が常にある。だからこそ、前例に囚われないドラスティックな取り組みがなされやすいんです。

なるほど。大企業とスタートアップとの緊張関係がイノベーションを生み出している、と。

木寺さん

はい。
ただ、大企業とスタートアップ企業の間には大きな違いがあります。それは、前者は“バリューチェーン”にこだわっていて、後者は“バリュー”にこだわっている点。大企業はバリューチェーンを確立してしまって、そこで大きな利益を生み出している。だから、急にそのバリューチェーンを手放すことはなかなか難しいんです。


たとえば、タクシー業界で考えてみましょう。
すでにドライバーを雇って、クルマも確保している大企業の場合は、その条件を前提にお客様を目的地まで運ばなければならない。そうすると「以前より便利になった」程度のユーザー体験しか提供できません。
一方、ディスラプトするスタートアップ企業の場合はどうか。Uberを例に考えてみると、雇っているドライバーや確保しているクルマといったバリューチェーンを持っていないから、よりシンプルに「ユーザーをA地点からB地点まで運ぶ」というバリューに特化して考えることができる。だからこそ、巷のドライバーとユーザーを直接つなぐ仕組みができたんです。

木寺さん

これはタクシー業界の例ですが、ホテル業界で言えばAirbnbも似ていますよね。まさに既存のバリューチェーンをディスラプトしている。

実際に、私自身アメリカに行ったときに驚きました。Uberなら、普段タクシーが来ないような場所にも来てくれる、Airbnbもホテルがないような場所にも泊まることができる。
これらのサービスによって、今まで行けなかったところに行けて、泊まれなかった場所に泊まれるようになりました。

まさに既存のビジネスのアップデートではなく、新たなバリューを生み出している。

木寺さん

そうです。先進国は、そもそも市場が成熟している。素晴らしい商品もサービスもあって、すでに便利な世の中になっています。そんなときこそ、「既存のサービスを便利にする」発想ではなく、「既存の市場を破壊する」ような発想がないとスタートアップ企業は価値を出しにくいと思います。

Web3はチャンスになる?これから日本に求められるマインドチェンジ。

これまで日本と海外の現状を伺ってきました。
では、これからイノベーションを生み出すために、日本はどのような変化が必要だと思いますか?

木寺さん

まずは、ITとビジネスモデルを両輪で考えられる人材をつくること。ITに詳しくても、技術力が高くても、言われたものをつくるだけではイノベーションは生まれません。ビジネスはフィールドワーク。目の前にあるパソコン画面と向き合っているだけでは、決してビジネスアイデアは生まれないんです。

まずはアナログの現場でビジネスモデルをたくさん知ること。既存のビジネスモデルを理解してない人間に、それを壊すことはできませんから。

ITに長けた人間がビジネスモデルに対する理解を深めていくことが大切なんですね。
そうすると、冒頭のお話にもあった通り、日本全体のITリテラシーを底上げすることも重要に思います。

木寺さん

その通り。日本は今やデジタル後進国。ITに対する誤解が生まれていたり、IT技術者の地位が低かったりします。それらの改善も急務です。たとえば、Skype発祥の国で「電子国家」と言われているエストニアでは、都市部から離れた地域に住んでいる高齢者が市民参加しにくいという背景もあり、デジタル化を進めています。日本では、「ITは高齢者を疎外するもの」と捉えられていますが、この国では「ITは高
齢者を包摂するもの」と捉えているんですよね。デジタル格差があるものとして認めるのではなくて、格差をなくすためにデジタルの可能性を追求していく意識変容が必要でしょう。

また、日本はIT技術者の地位も他国と比べて低いままです。今はインドと日本のIT技術者の価格はほぼ同等なんですよね。インドの物価や生活水準を考えると、日本のIT技術者の報酬はとても低水準だということが想像できると思います。また、韓国では一時期、IT技術者は徴兵を免除されていたこともありました。
「人間の脳の代わりをする仕事」をしていると考えると、非常に価値が高い職業なので、ステータスを高めて、報酬を引き上げることは重要なのではないかなと思いますね。

現在他国と比べて遅れを取っている日本ですが、今後よい展望はあるのでしょうか。

木寺さん

はい。これからWeb3の世界が訪れます。
そのときには、日本にも可能性が生まれてくるのではないかと思います。

それは、Web3が民主主義的なインターネットだから。

元来、日本はビジネスの中でも民主主義を大切にする文化。たとえば、お金の話をすることになんとなく抵抗感を覚える人も多くいますよね。ほかにも、日本の最高学府・東京大学では、官僚志望の人が多い。一方、アメリカのハーバード大学では、ヘッジファンドや起業を志望する人が多い。前者は民主主義的ですが、後者は資本主義的です。

そのような民主主義的な文化とWeb3は、どのような関連があるのでしょうか?

木寺さん

インターネットってもともと民主主義的なものだったんです。わかりやすく言うと「みんなで手を繋いで、みんなのところに情報を届けるネットワーク」ですから。でも、それが商業利用されるようになっていった。

今や、パーソナルデータは一握りの大企業に集まるようになっています。その揺り戻しがあって、データの個人主権が謳われたり、Peer to Peerでのやり取りをするWeb3が注目されたりするようになってきました。だから、Web3ですぐに「お金」を生み出そうとするのではなく、まずは「価値」や「貢献」といった尺度で行われる取り組みを広げていくことが重要だと思うんです。
お金を生み出すのは、その後でいい。

その取り組みを可視化したり、活性化したりする仕組みとしてDot to Dotは、大きな可能性を秘めているのではないかと思いますね。

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